拡張型心筋症と闘う赤石朱里(しゅり)ちゃん(埼玉県川越市在住)の海外での心臓移植を支援する「朱里(しゅり)ちゃんを救う会」ホームページ
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ドイツ渡航中、及び帰国後の両親からのお便りはこちら >>
両親からのご挨拶(2007.1.22)
 今月24日にドイツに向けて渡航することが決まりました。
朱里の命を助けようと様々な形でお力を貸して下さいました多勢の方々に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

 渡航が近づくにつれ発病してから今までの日々が、走馬灯のように頭の中を駆け巡っております。
今まで、朱里は本当に頑張ってきました。あの小さな身体でいっぱいいっぱい痛くつらい思いをしたことでしょう。
3歳の子どもですので、確かに泣きます。でも、朱里はいつまでも引きずらず、あっという間に切り変わるのです。親の私たちの目から見ても驚くほど切り変わりが早いのは、朱里なりの割り切り方なのかもしれません。私たち両親、家族はそんな朱里に日々励まされてやっと今日まで過ごしてきました。
現在の朱里は補助人工心臓に助けられ安定しているおかげで毎日リハビリに励み、頑張っています。
「朱里、いっぱい頑張っているよね。ウィンナーの国(ドイツ)に行ってバトくん(補助人工心臓のことです)取って治ったらパパとママとネェーネたち(姉3人)とみんなで公園に行くんだよねぇ〜。」
と明日の夢を語っています。

 渡航してからは心臓移植という大きな手術が待っています。
移植については、ドナーの方とそのご家族のこと、拒絶反応のこと、免疫抑制剤を絶やすことが出来ないことなどたくさんのことを心してゆかなければと思っております。
私たち家族はこれからも朱里のリズムに合わせ、焦らず一歩一歩着実に前進して行くつもりでおります。
元気な朱里の姿をご報告できる日まで、もうしばらく見守っていただけることを心より願っております。本当にありがとうございました。
行ってまいります。
平成19年1月22日
赤 石  浩 ・ 千 秋
両親からのご挨拶(2006.12.12)
 この度、皆様からのお力添えにより目標金額を達成することが出来ましたこと、心より感謝申し上げます。

 活動開始当初、一億円という想像もつかないほどの大きな金額に達成出来るのだろうかという不安もありましたが、朱里の病気のことを知った全国の方々からの本当にたくさんの温かいお気持ちにより、こんなに早く達成することが出来ました。

 募金をして下さった方、お手紙等により励ましのお言葉を下さった方、朱里にお見舞いの品を送って下さった方、またマスコミ関係をはじめとして朱里の募金を周りの方々に呼び掛けて下さった方、街頭募金にご協力頂いた方など全ての方々の温かいお気持ちに言い尽くせない感謝の思いでいっぱいです。

 「本当にありがとうございました。」

 朱里が元気になることが何よりも応援して下さった方々への恩返しと心に刻み、親として頑張っている娘をしっかり支えていきたいと考えております。

 また朱里の病状の変化に伴いやむを得ず補助人工心臓を付けたことにより、渡航先がカナダからドイツに変更されることになりました。
 ドイツの心臓病センター「ノルトライン・ウェストファーレン州立心臓センター」は朱里が付けている補助人工心臓の取り扱い経験がたくさんあることから、今の朱里にとっては最も安心出来る病院であると伺っております。

 現在の朱里は成人用の大きな補助人工心臓を付けているため管理においては先生方、看護師の方々により24時間細心の注意をして頂いております。
 また朱里の明るい性格もあるのでしょうか、皆様に愛され可愛がられており親としましては頭の下がる思いでいっぱいです。
 朱里の病室からは常に明るい笑い声がこぼれていて、このまま渡航の日を迎えることが出来ればとただただ祈るばかりです。
 現在、2007年1月下旬渡航を予定して準備を進めて頂いております。
 何卒温かいご理解賜りますようお願い申しあげます。
平成18年12月12日
赤 石  浩 ・ 千 秋

※Windows XP 標準の
ムービーメーカーや、
Windows Media Player等で
ご覧いただけます
(wmvファイル/825KB)

Windows Media Player
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補助人工心臓装着後、最近では
リハビリを開始し声がだせるようになりました。
朱里をクリックしていただくと
動画が再生されます。
(平成18年12月撮影)
両親からのご挨拶(2006.11.2)
 募金活動を始めてから今日までの皆様からの温かいお言葉・ご支援等、心より感謝いたしております。また、先日の街頭募金の際には、朱里の緊急手術の後であったということもあり、両親共に街頭に立つことが出来なかったこと心よりお詫び申し上げます。

 予断の許されない日々の中、朱里は小さな身体で一生懸命がんばっております。

 今後とも、温かいご支援をよろしくお願い致します。
平成18年11月2日
赤 石  浩 ・ 千 秋
両親からのご挨拶(2006.10.23)
 2003年2月28日、朱里はこの世に産声をあげました、「朱里」という名前には「人気者になる」という意味があり、その名の通り朱里は、再婚家庭である我が家の絆であり、アイドルでした。

 2006年4月、川越白ゆり幼稚園に入園し、お友達や先生が大好きな子でこのままみんなと一緒に楽しく元気に成長していくと思っていました・・・

 2006年8月28日、夏休みも終わりに近くなったこの日、風邪の症状が悪化したものだとばかり思って行ったかかりつけの病院で、埼玉医科大学病院の小児心臓科を紹介され「出来るだけ早く入院して下さい」といわれたあの日。
 一度戻った自宅、これを最後に朱里が長い入院生活に入ってしまうなんて思いもしませんでした。長女が大泣きをし、次女が涙をこらえながら入院の準備を手伝ってくれ、部活から電話連絡で三女が慌てて帰宅し、涙ながらに送り出されたあの日、誰よりも朱里は何が起こっているのかわからなかったと思います。
 埼玉医科大学病院に着き、処置室から出てきた朱里は両手に点滴をしていて、あの日以来位置は変わっても朱里の体から点滴が抜けた日はありません。

 初めて入ったカンファレンス室、朱里が「心不全でそれもかなり悪い状態であり、拡張型心筋症の疑いがある」との説明。その日から何回あのカンファレンス室に入っただろうか?検査を重ねていくうちにいつしか「疑い」という言葉がなくなり病名が「拡張型心筋症」とはっきりしていきました。しかも進行型であること、まだ3歳の朱里には適応する人工心臓がないこと、日本では15歳以下の子供の移植が出来ないため延命を希望するならば海外での移植しかないこと・・・

 ドクターの「延命を希望しますか?」という言葉に「もちろんです。お願いします。」と答えた私達は[ 移植=ドナー=朱里と同じくらいの子供の死 ]という重さを考えなかった訳ではなかったけれども、今、目の前で懸命に生きようとしている我が子を助けたいという思いでいっぱいでした。

 海外での移植には、保険が利かないため莫大な費用がかかるという問題があったのですが、朱里の病名を知りインターネットで色々調べて朱里を救うために募金活動を行おうと働きかけてくれた仲間がいました。

 朱里の入院から約2ヶ月、埼玉医科大学病院の先生方のご尽力でカナダのトロント小児病院への受け入れが決まり、いよいよ募金活動ができることになりました。

 記者会見を3日後に控えた日に朱里の病状が急変し、ますます予断が許されない状況に今現在あります。
 何卒、みなさまのあたたかいご支援を、よろしくお願い申し上げます。
平成18年10月23日
赤 石  浩 ・ 千 秋


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